「母集団」という言葉について

ビジネスパーソン、特に人事・採用担当者の間では、

自社での就職に関心を持ち、実際にエントリーしてきた求職者」のことを、「母集団」と呼ぶことが多いようです。

世の中にいる無数の求職者の中から、企業による募集情報をもとにエントリーし、企業にとって直接の評価の対象となる求職者群がいて、その中から、優秀な人を選び出し、「内定」通知を送るという意味で、「母なる集団」ということなのだと思います。

 

ただ、これは言葉の使い方としては、実は正しくありません。

「母集団population」という言葉は、もともと統計学の中で使われてきた言葉であり、上記とは全く異なる意味を持ったものなのです

ちょっと、このことを説明しておきましょう。

 

そもそも統計学がここまで発達し、広く活用されている理由は、それが私たちにとって非常に多くのメリットをもたらすからなのですが、そのメリットを一言で言えば「時間と労力の削減」ということになります。

いま仮に、「日本のビジネスパーソンの平均的な年収」を知りたいとします。

ここで僕たちがとりうる手段は2つ。

1つは、実際に、全てのビジネスパーソンに対して「年収はいくらですか」とたずね、その平均値を計算するという方法。

これが最も正確なのは言うまでもありません。

ただ、日本には正規社員だけでも三千数百万人いるわけだから(平成24年就業構造基本調査より)、インターネットを利用したアンケートを実施したとしても、膨大な時間とコストがかかってしまうことになります。

・・・・・ちょっと、現実的ではないですね。

 

そこで多くの場合、私たちが採用するのがもう1つ、統計学のロジックを利用するという方法です。

全国のビジネスパーソンから、ランダムに1000人だけを選び(選ばれる人の所属している企業規模、住んでいる地域、年齢、性別などがランダムに散らばるように選び)、その1000人に対して「年収はいくらですか」とたずね、その1000人の平均年収を計算することで、ビジネスパーソン全体の平均年収を「推測」する、といったアプローチです。

全体について調査をすることがあまりに困難で、コストが高くつく場合に、その一部を観察することで、全体についての推測をしてくことが、統計学(正確には、そのなかの推測統計)の重要な役割になるわけです。

 

このように、全体の中から選ばれ、実際に調査対象となる集団のことを、統計学では「サンプル」

そして、調査において本来知りたい、もともとの集団全体(上記の例えでいえば、日本のビジネスパーソン全て)のことを「母集団」と呼ぶ

もちろん、サンプルから得られたデータによって計算された「平均年収」は、「日本のビジネスパーソンの平均年収」と全く同じではないのだけれど、サンプルの数が一定以上になれば、それは母集団の状態を正確に予測することができるということが、統計学者によって証明されているのです

つまり母集団という言葉は、統計学における本来の意味においては、「私たちが知りたい、しかしその規模ゆえに現実には知ることのできない大元の集団」を指すのだ。

 

このように対比すると、採用の世界で一般的に言われる意味での「母集団」と、統計学的な意味での「母集団」という言葉の間には、随分と大きな違いがあることがお分かりいただけるのではないかと思います。

 

日本に採用のプロフェッショナルを生み出すことを標榜する者(僕です、他ならぬ)としては、こうした混乱を避けるためにも、採用の世界で「実際の評価の対象になる求職者群」を指す名称としては、「候補者群」とか、何か別の言葉を使うことをおすすめしたいのですが・・・・いかがでしょうか。

細かいところを、気にしすぎなのでしょうか。